大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和48年(タ)93号 判決 1974年5月30日

国籍 無国籍(もと中華民国)

国籍喪失前の原籍 台湾省○○県○○○○○○○○○

住所 東京都○○区○○×丁目×番×号

原告 甲一郎

右訴訟代理人弁護士 五十嵐敬喜

国籍 中華民国

本籍 原告の国籍喪失前の原籍に同じ

住居所 不明

日本における最後の住所 原告の住所に同じ

被告 乙照花

主文

原告と被告とを離婚する。

原告と被告との間の長女甲花子(昭和四四年一月一四日生)の親権者を被告と定める。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べ(た。)≪証拠関係省略≫

(一)  原告(昭和一二年五月二九日生まれの男子で、もと中華民国の国籍を有していたが、昭和四七年九月一一日、右国籍を離脱して無国籍となったもの)は、昭和四一年八月一一日、中華民国台湾省台北市において、被告(昭和一八年七月二五日生まれの中華民国の国籍を有する女子)と結婚式を挙げ、台北市戸籍官吏に対し、被告との婚姻の届出をした。

(二)  原告は、日本の国籍こそ有していないが、もともと日本に生まれ育った者で、右婚姻当時、既に東京都内で稼働していたので、婚姻後間もなく被告を伴って日本に戻った。爾来、原告と被告は東京都内で婚姻生活を営み、昭和四四年一月一四日、長女甲花子を儲けた。

(三)  ところで、被告は、台湾で育った関係で日本の生活様式や習慣になじめず、その肉親や友人が殆んど日本に在住していないこともあって、日本における生活に不満を抱いていたが、こうした被告の不満は、昭和四五年八月、被告が都内の会社にタイピストとして就職後一層強まり、それに伴って、被告は、原告との共同生活への意欲を失っていった。そして、被告は、遂に、昭和四六年一二月下旬、長女花子を連れて、原告に無断で家出してしまった。原告は、直ちに友人宅などを廻って被告の所在を尋ねたが、その消息を知ることが出来ずにいるうち、昭和四七年一月九日ごろ、被告の両親が来日して原告方を訪れ、原告に対し、被告を原告と別居させたい旨申し入れてきた。しかし、当時、原告は、被告との離婚は勿論別居にも応じる気になれず、別居の理由もないと考えたので、被告の両親の右申し入れをことわり、一刻も早く被告を原告のもとに帰すよう要請した。ところが、被告は、こうした原告の意思に反してその後間もなく両親とともに台湾に引揚げ、同月中旬ごろ、原告に対し、もはや被告は原告のもとに戻る意思はなく、長女花子は被告が預る旨を手紙で知らせて来た。その後、原告は、再三被告に対し原告のもとに復帰するよう手紙で申し入れたが、被告は、全く原告の右申し入れに応じようとせず、昭和四八年三月ごろ以降は、被告及び長女花子の所在も判明しない。

(四)  以上のような被告の行為は、日本民法第七七〇条第一項第二号及び中華民国民法第一〇五二条第五号にいう悪意の遺棄に該当するものというべきであるから、原告は、右の理由に基づき被告との離婚を求めるとともに、長女花子の親権者を被告と定めることを求める。

被告は、公示送達による呼出しを受けたが、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面を提出しない。

当裁判所は、職権で原告本人を尋問(第二回)した。

理由

一  ≪証拠省略≫を総合すると、請求原因(一)ないし(三)の事実を全て認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、本件離婚の準拠法について検討する。

法例第一六条によれば、離婚については離婚原因発生当時の夫の本国法に従うこととなるが、本件において原告は、昭和四六年一二月下旬以降現在までの被告の行為を悪意の遺棄に該るものとして被告との離婚を求めているのであり、その間、原告は、昭和四七年九月一〇日までは中華民国の国籍を保有し、同月一一日右国籍を離脱して無国籍となったものであるから、このように離婚原因が国籍離脱の前後に亘っている場合、離婚原因発生当時の夫の本国法をどのように定めるかがまず問題となる。この点については、(一)夫が国籍を離脱するまでに所属した国の法律を適用する。(二)夫が無国籍となった後のその住所地法を適用する(法例第二七条第二項)。(三)夫が国籍を離脱するまでに所属した国の法律及び無国籍となった後の夫の住所地法の双方を適用するという三つの見解が考えられる。右のうち、(一)の見解は、国籍離脱以前に既に離婚原因が発生し終っていると断定できる場合ならば兎も角、本件のように離婚原因が国籍離脱の前後に亘っていると考えられる場合には法例第一六条の文理に適合しないものというべきであり、右(二)の見解は、同条の立法趣旨すなわち離婚原因発生後の夫の国籍の変更によって離婚の許否が左右されそれによって妻に不測の結果を強いる事態を避けようとする趣旨に抵触するきらいがあるものというべきであるから、結局、前記の場合における離婚原因発生当時の夫の本国法は、右(三)の見解すなわち夫が国籍を離脱するまでに所属した国の法律及び無国籍となった後の夫の住所地法の双方であると認めるのが相当である。したがって、本件離婚については、中華民国及び日本の双方の法律を適用すべきである。

もっとも、原告は、もと中華民国の国籍を有していたものであるが、現在、わが国は、中華人民共和国及びその政府のみを承認し、中華民国政府を承認していないので、同国の法律を適用することにつき、いささか問題がないではない。しかし、国際私法における準拠法の決定は、私人間の渉外的生活関係の規律に最も適合する法律は何かという観点からこれを論ずべきものであって、国家又は政府の承認のような政治的外交的問題とはその観点を異にするものであるから、ある地域において、ある私法規定が現実に支配的に適用されている場合には、その私法規定が独立して準拠法となり得るものというべきである。そして、現在、台湾地域は、事実上中華民国政府の支配下にあり、同地域における私的生活関係は、中華民国政府の法律によって規律されているのであるから、結局、原告が国籍を離脱するまで所属していた国の法律としては、中華民国の法律を指すものと解すべきである。

なお、中華民国渉外民事法律適用法第一四条本文によれば、離婚の準拠法は、訴提起当時の夫の本国法によるべきものとされており、本件提起時であることが記録上明らかである昭和四八年三月一六日当時、夫たる原告は既に中華民国の国籍を離脱して無国籍の状態にあり、当時原告の住所は日本にあったものと認められるから、本件の場合、同法第二七条第一項並びに法例第二九条により反致が成立するかのように考えられないではないが、中華民国渉外民事法律適用法第一四条但書によれば、配偶者の一方が中華民国の国民である場合には、中華民国の法律を適用すべきものとされており、本訴提起当時、被告は、中華民国の国籍を有していたものと認められるから、本件については、日本法への反致は成立しないものというべきである。

三  よって、本件離婚の当否について検討するに、前記一に認定した被告の行為は、中華民国民法第一〇五二条第五号及び日本民法第七七〇条第一項第二号掲記の離婚原因である悪意の遺棄に該当するものというべきであるから、右の理由に基づき被告との離婚を求める原告の本件請求は理由がある。次に、原被告間の長女甲花子の親権者の指定について考える。離婚の際未成年の子に対する親権の帰属・分配の問題は、離婚の一つの効果として生じるものであり、この点を重視すれば、子の親権者指定の要否及びその指定基準は、法例第一六条の離婚の準拠法に従ってこれを決すべきもののように考えられないではない。しかしながら、子の親権者の指定は、離婚を契機として必要となるものではあるが、必ずしも離婚の場合に限るわけではなく、しかも、法例第一六条が離婚の準拠法について不変更主義をとっていることを、そのままこの問題に及ぼすことは理由がなく、現在の父母及び子の国籍、居住地、生活環境等の諸事情をも考慮し、子の福祉に最も適合するようにこれを定めるべきものであり、この点からすれば、むしろ、親権者の指定は、親権の内容、行使方法との関連において定めるのが相当であるから、結局、本件における親権者指定の準拠法は、法例第二〇条、第二七条第二項により、本件口頭弁論終結当時の父(原告)の住所地法である日本民法と定めるべきである。そして、原被告間の長女花子は、生後三年足らずで原告のもとを去り、以後母親である被告のもとで養育され、既に二年以上を経過したこと、現在、被告及び右花子の所在は明らかではないが、今後も被告が引き続き右花子を養育していくことを期待できること、原告は、現在日本に帰化する準備をすすめており、今後日本に永住する意思であることその他諸般の事情を考慮し、原被告間の長女花子の親権者を被告と定めることとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅香恒久 裁判官 川波利明 裁判官 富塚圭介)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例